横笛法尼の供養のお話(2017年3月4日)

 

DSC_0537s DSC_0517s DSC_0530s高野山大圓院に伝わる、横笛法尼と斎藤時頼(平安時代の武士)の身分違いの恋とその断絶の物語は、時代を超えて切なさを今に伝えます。互いに思いは通じていたのですが定めにより会うことはなくなり、斎藤時頼は出家して高野山に上ります。そして大圓院第八世住職、瀧口入道に。

いっぽう、横笛はそんな瀧口入道の気持ちを知り、高野山を見上げる天野の里に来て棲んでいましたが19歳ではかなくなってしまいます。そのとき横笛の魂は鶯となって大圓院まで飛んできて、一目だけ瀧口に逢い、そのまま井戸に落ちていきます。すべてを悟った瀧口は、鶯の亡骸を阿弥陀如来の中におさめて供養をしました。この鶯阿弥陀如来は今もご本尊として大圓院に安置されています。

いっぽう、横笛法尼のお墓は今でもかつらぎ町下天野にあり、70代の現役農家の女性が日々の供養を続けてくださっています。おまいりされる人は今も絶えることなく、いつも活き活きとした供花が供えられ、訪れる人はめいめい、すがすがしい気持ちで帰路につかれるそうです。この女性とお出会いでき、お墓のある場所から出土したという小物を見せてもらうことができました。表に鏡があれば手鏡のようですが、鏡にしては重い感じもします。鳥と花の彫刻がほどこされ、とてもすてきな感じです。横笛のものであるかないかはわかりませんが、舞の名手であった横笛のイメージにとても合っていると思います。

また、私はこのお話はただの悲恋物語ではなく、インド後期密教にも繋がるように考え注目しています。それ以上にのどかな農村でもある、天野の里が大好きです。